頭がくらくら―思いがけない展開にしばし呆然・・・
文章というものは読みすすめていくうちに情報が集められ、バラバラだったパーツがつながっていく確かな手ごたえを感じられるものだ。
だが、8つの短編から成るこの作品『炎上する君』に限っては、その「当たり前の流れ」というものがない。
「ふんふん、ふんふん、それで?」と読み進め、積み上げてきた情報、頭の中に出来上がった世界。
そのつながったはずのパーツが、ある瞬間、突然にバラバラに散らばってしまう。
まるで完成しかけのパズルをうっかりガシャンと落としてしまったような感覚。
スムーズにつながっていた配線が、前触れもなくぷつりと途切れてしまったような感覚。
心地よかった空間が一気に崩れ、頭は脳震盪でもおこしたようにくらくらする。
「何これ・・・?」「どういうこと・・・?」
脳内大混乱!焦点の合わない目でしばし呆け、視線が空をさまよう。
―もしかすると何か重要な言葉を読み飛ばしてしまったのかもしれない―
そう思って少し前のページに戻って読み直してみる。
それでもあるところで、やはり突然に、架かっていた橋を外されてしまうのだ。

―いっそ読むのをやめてしまおうか―
3話目までに何度そう思ったことか。
ただ、ここでいつもの貧乏性発動。そして不思議と「もう少し読んでみようかな」の気持ちがわずかに心の片隅に残っていた。なぜだったのだろう・・・。
でもこの「迷い」が後に後悔ではなく満足感をもたらしたんだから、わからないものである。
よく聞く「迷ったらやめろ」は間違っていないと思っていたけど、案外そうでもないのかもしれない。かすかな躊躇いには、例え、その時点には言語化できなくとも、何かしらの意味、理由があるのかもしれない。
かすかな躊躇いに従ったからこそ出合えた「おもしろみ」と思いがけず訪れる「己と向き合う時間」
『躊躇いもイエス』
かつて、そんなタイトルの本を読んだことがあったが、まさにその通り、正解だった。
何が「その時点の己」に引っかかるかわからないのだから、時間の無駄だなんて言わずに、かすかな己の躊躇う声に耳を傾けてみるのも悪くないものなのだ。
4話目はこの小説のタイトルにもなっている『炎上する君』
SNSか何かで良からぬ発言でもして、炎上しちゃってる人が登場するんだろうと思いきや、驚くなかれ、物理的に脚が炎上しちゃっている男がでてくるのである。
そもそもの土台となる設定がぶっ飛んでいるのだ。
しかも、彼が主人公ではない。
主人公は30代前半の高校時代からの同級生の女二人。
ある意味芯が通った「確固たる自分」をもった二人だ。
その揺るぎなさが、とてつもなく奇天烈で、一見自由なようでありながら、「自分の思う自分」に完全に縛られている二人といった感じ。
その二人の「ど」がつくほどの真面目さと、突拍子もない行動力に、くつくつと沸き起こってくるおもしろみ。
彼女らがタイトルにもなっている「炎上する君」に出会ってからの感情、態度、更には人格まで変化してしまうのがおもしろい。
読んでいる最中は単純にストーリーの展開をおもしろがっているのだが、不思議なことに、読み終わってから、じわじわくるのだ。
なぜ「彼」とであったことで彼女らに変化が起こったのだろうか…と。
それ以降の『トロフィーワイフ』『舟の街』も心に残る。
不思議なのだけれど、読んでいるうちにいつの間にやら登場人物の日常から「社会の中にいる日常の私」に思いを馳せ、じっと考えさせられている自分に気付くことになる。
不思議な作品だった。
途中までは「この作家の本を買うことは二度とないな」と確信に近い感情を抱いていたのに、大どんでん返しだ。
狂気をはらんだ作品も多々登場する。ある意味ホラーだ。
作者の精神状態が心配になるほど。
ぜひ騙されたと思って読んでもらいたい。
これがじわじわくるのよ。じわじわ。
